私が人間をやめる為に、諦めた2つのこと

2018年10月21日

このブログのタイトルである「人形」という部分について触れています。
お時間ありましたら、ゆっくり覗いていってくださいね。

 

「人形」の意味

当ブログのブログ名は、「人形は四畳半で夢をみる」です。
“何、このラノベみたいなブログ名w” って思った方は多いかと思います。

でも、このブログ名にもちゃんと意味があります。

ブログ名の「人形」という言葉は「私自身」を指した言葉。
私は自分という人間を、上手く作ってくることが出来ませんでした。

その為、自分の事を何も知らなかった。
青春時代は、本当にからっぽの自分でした。

 

当時の私は、常に「他人」が指標です。

誰かが望んだものが、自分の望んだもの。

自分という軸を持っていなかったので、他人が全てでした。
言われるがまま、流されるがまま…

さながら、「操り人形」のような人間だったんです。
誰かがいなければ動くこともできないような、そんな感じの。

だから、ブログタイトルに「人形」という言葉が入っています。
人形である自分が、「楽しい」や「好き」を集めていくブログ。

感情を知って、自分を知って「人間になる」という夢に近づいていく。

「人形は四畳半で夢をみる」
この言葉に、そんな意味を込めています。

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私と幼馴染のこと

小学生の私は、何も知らない子でした。
学校生活も普通だし、仲のいい幼馴染もいて割と楽しく過ごしていました。

幼馴染とは、家が近いこともあり、ほとんど毎日お互いの家を行き来してました。
私にとって彼女は、とても “信頼のおける友人” だったんです。

学年が上がるにつれて、幼馴染とはクラスが離れることが多くなり話す機会も減りましたが、心配はしていませんでした。
話す機会が減っても、彼女とは「最高の友人関係」だと勝手に思い込んでいたからです。

 

転校生

ある日、私のクラスに「転校生」が来ました。
小学6年生の頃のことです。

特別変わった様子もない、普通の女の子でした。
当時の私は、転校生にさほど興味もなかったので、この後に起こる事態を予想もしていなかったし、ましてや自分が関わるとも想像してなかった…

 

それは、唐突に始まる…

何週間かたったある日、”ある噂” を聞きました。

転校生は、いじめられてる。

それは、転校生がクラスメイトにいじめを受けているらしいという噂。
正直、その時は特に何も思いませんでした。

あくまで噂だったので、「嘘じゃないか?」という気持ちの方が強く信じられなかったのです。
でも、この「噂」はすぐに現実となって目の前に広がっていった…

 

クラスの空気が一変する

ある時を境に、クラスの空気が何かおかしいことに気づきます。
それは、とても悪い方へ…

転校生へのいじめが、目に見えてわかるレベルになっていたからです。
私は、目の当たりにすることで、初めてそれを「現実」として認識しました。

しかし、当時の私は少し変わった子です。
簡単にいえば、「空気読めない子」でした。

他のクラスメイトが見て見ぬふりをしている中で、転校生に興味を抱いてしまった。

彼女は、どうしていじめられているの?
いじめられるに足る理由があるんだろうか?

どんな子なんだろう…

 

気づけば、声をかけていた。
それで、全てがなくなるとも知らずに。

今思えば、一種の”正義感”のようなものがあったのかもしれないです。
自分が何とかしてあげられるのではないかと。

とんだ思いあがりですが、当時は小6。
仕方ないのかもしれないです。

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友情なんて存在しない

転校生に声をかけて以来、彼女とよく話すようになりました。
話してみればなんてことはなく、普通の私と何も変わらない女の子。

「なぜ、彼女がいじめられているのか?」
この疑問だけが頭の中にいつまでも残ってしまっていたけど、当時の自分はわからないことを放置する癖があったので、よくわからないまま放置して過ごしてしまっていました。

彼女と話すことに必死だったのか…
周りが見えていなかった私は、この時私に対する「周囲の目」が変化していることにまだ気づいていません。

 

別世界

それは、唐突に始まった…
いつものように学校に行くと、教室が別世界に変わっていた。

私が一歩、教室に入ると “空気が張り詰める音” が聞こえるようでした。
いつも声をかけてくれていたクラスメイトも、私と目が合わないようにどこかを見つめています。

まるで、透明人間にでもなった気分でした。

この状況になって、初めて気づくのです。
自分も今日から “いじめの対象” なんだなって…

そして、この場の原因としてすぐに思い当たることが、その時の自分にはありました。

転校生

転校生をいじめていたクラスメイトが、私を見て嗤っている。
そうして察する。

この状況は、見せしめだ。
私が転校生と仲良くしていたことが “気にくわなかったから” 仕返しってことなんだと。

 

たかが、そんなことで?

理解が出来ませんでした。
それは自分にはない感情だったから。

何がそんなに嫌いなのか。

そんなことをして何が楽しいのか。
なんでそんな顔で笑えるのか。

疑問はあったけど、もう何もわからなかったし、知りたくもなかった。

 

いじめられるよりも…

当時の私にとって一番堪えたことは、「友人関係の消滅」でした。
いじめのターゲットが自分に向かないように、関わらないようにするのは最高の作戦なんだってわかります。

でも、世間知らずの自分は少し希望を持っていたんです。
「幼馴染だけは違うはず」

クラスすら違って、会うこともない昔の友人になんでそんなに信頼を寄せていたのかわかりませんが、きっと信じていたかったんだと思います。
ただの個人的希望です。

だから、それが打ち砕かれた時が一番痛かったです。
もう、幼馴染も仲の良かったクラスメイトの友人も、誰も私が見えないんです。

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自分に失望していく

私に対するいじめは、さほど酷いものではありませんでした。
ただ「無視」をされるだけです。

私の姿が、誰の目にも映らない。
ただそれだけです。

それでも、やはり辛くなかったわけではないですが、テレビや本で見るものよりずっと “マシだ” と思いました。
だって、自分よりも辛い人なんて世界中に山のようにいるんだから。

 

自問自答

話す相手がいなくなると、自問自答を繰り返す日々が続きます。
一番考えていたのは、仲の良かった友人たちのことでした。

今までの関係は、全て嘘だったんだろうか?
友人だと勘違いしていたのは私だけ?

何をどうすれば、上手く回ったのだろう…

何度考えても、自分ひとりでは答えなど出るはずがありません。
でも当時の自分には、話を聞いてもらえるような人はいませんでした。

家族に話せば、聞いてもらえたかもしれない。

今となってはそんな風にも思いますが、私は家族に気軽に弱みを打ち明けられる関係になかったのです。
変に遠慮する癖が邪魔をして、大人になって友人に話すまで誰にも言うことが出来なかった…

 

自問自答を繰り返すうちに、私はいつしか「自信」というものが完全に消失していました。
そうして、転校生と話すことさえ止めてしまったのです。
自分も他人も、何もかも信じられなくなった。

でも、後でこの行為自体も自分に大きく失望する原因の一つになります。
転校生の唯一の話相手であった私が、彼女を裏切った。
一番酷いのは自分だと…

何度も、何度も一人で考えました。

兄に話そうと思ったこともありましたが、途中で諦めました。
話せるような関係ではなかったのです。
仲が悪いわけではないけど…

はけ口もないまま、自信だけを喪失して、この1年間が過ぎ去ることだけを願った。
人生で一番、長い長い1年間でした。

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学校が嫌いになる

私の地域では、同じ小学校の人は全て同じ中学へ進学します。
他の地域からも生徒はたくさん入ってくるので、中和はされますが私としては変わらないようなものでした。

「学生時代は、あっという間!とても貴重だから大事にしなさい。」
この言葉を、嫌になるほどたくさん聞きました。

だけど、私にとってこの学生時代はただ “過ぎ去ってほしい時間” でしかなかった。

校門を入る一歩。下駄箱に靴を入れる瞬間…
階段を上がって、教室に入る一歩。

誰かにとっては楽しいその一歩一歩が、当時の自分にはとても「重く」
嫌で嫌で仕方がなかった。

だから、学校にいい思い出はありません。
今でも苦手です。

でも今思えば、いっそ楽しめたら良かったなんて思うんです。
大人になった今となっては、先生が言うように確かにあの時間は貴重なものです。
もう戻ってきません。

あの数年間に捨てたもの、見過ごしてしまったものを取り戻すために、私はこの先「何年も」費やすことになったから…

 

自分という「人間」を諦める

小学生以来、私は色んなのものを「諦める」ようになっていきます。
主に、 “人間関係” にかかわるものを。

これ以上、自分に失望したくなかったのもそうですが、無意識に自分の心を守るという効果もあったと思います。

諦めるというと悪いことのようだけど、悪いことばかりではなかったかもしれません。
そのおかげで、心を壊すことなく過ごしてこれた。

今こうして、ブログを書けているのもそのおかげかもしれないから。

 

初めに諦めたのは「 話す 」こと

一番に諦めたのは、他人との対話でした。

誰かの話を聞くこと
自分の話をすること

どちらも嫌いになりました。
何を話したらいいのか、分からなくなってしまったのです。

頭の中はいつも「空白」でした。

自分の考えを「言葉」にして伝えることは、人としてとても重要なことです。
言葉にすることで、考えは形になっていきます。
言霊みたいなイメージ。

もっと言うと、自分の中で明確なものとして “理解” することができるんです。
それはとても大切なこと。

私は、この時「 私という人間を認識するための機能 」を捨ててしまった。
だから、自分がわからなくなってしまったし、他人を基準においてしか動くことが出来なくなってしまった。

 

どうか辛いことがあっても、誰かに話すことは止めないでほしい。
こうしてブログに書いてもいいから。

どうか誰かに話して、伝えて…
自分ひとりで、考え込まないで欲しい。

話すだけで消化できる思いもたくさんあるから。
出来ればその相手が、自分にとって素敵な相手であったらいいなって思う。

あの日の自分会えたら、私はそう伝えてあげたい。

 

次に諦めたのは「 考える 」こと

次に諦めたのは、「考えること」
個人的には、これが一番の損失だったと思っています。

“考える” ことは、他の何を差し置いても重要なこと!
考えることを止めてしまったら、成長することができません。

現状で止まってしまうんです。
何も進まないし、何も変わっていかない。

「楽しい」とか「悲しい」とか、当たり前の感情すら曖昧になって、いつしかわからなくなってしまいます。
自分を失くしてしまいます。

そして、この「考える」という力は一度無くすと、取り戻すのに倍以上の時間を費やすことになります。

考えすぎれば、自分の心が壊れてしまう。
でも、考える行為をそのものを全て放棄すると、自分そのものを失くしてしまう。

どうか考え続けてほしい。
自問自答ではなく、誰かと一緒に。

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人間になり始めた私のこと

学生時代が過ぎて、大人になって…
しばらくは、まだ自分は「人形」のままでした。

だけど、大人になった世界でとても素敵な友人に出会って、その人に楽しそうな姿に憧れて。
その友人に抱えきれないほどたくさんの言葉を貰って、少しずつ変わることが出来ました。

感謝してもしきれないほどの人が出来ました。

友人の影響で見つけた趣味は、今となってはかなりの数があります。
ブログやイラストも始めた頃より上手くなって、楽しさもたくさん見つけられるようになりました。

今は、誰かに自分の「楽しい」を伝えるのが凄く好きです!

 

自分の見る視点が変わったら、見ていた世界が本当に色がついたみたいに変わりました。
生きていくことは、辛いことばかりだと思っていたけど、こんなに楽しかったんだなと今は感じることが出来ます。

もし、自分と同じような人がいて、この記事を読んで少しでも元気になってくれたら嬉しく思います。
私が友人に貰った「楽しい」を私も誰かに届けることが出来たら、本当に嬉しいです。

自分が積み上げたもの、迷ったことは全部無駄にはならないです。
迷った分だけ、自分は迷わなかった人よりもたくさんのものを抱えて生きていけます。

それは、とても価値のあることです!

どうか自信を持って、歩いてください。
自分の人生は自分だけのものです。

誰も責任を取ってくれないし、守ってくれないです。
自分の好きなことをして、好きに生きて。

どうせ同じ時間なら、楽しく過ごしていきましょう。
明日終わってしまっても、良い人生だったって言えるくらいに。

昔の自分に会ったら言ってあげたかったこと、ココに残しておきます。
誰かの役に立ちますように。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました!